『悪意の科学』
『悪意の科学』はアメリカの臨床心理学・神経心理学者であるサイモン・マッカシー=ジョーンズの書籍です。この本では、悪意の心理学的、社会的、哲学的な側面を探求し、悪意がどのように形成され、どのように社会に影響を与えるかを分析しています。この本では、「支配的悪意」、「反支配的悪意」、そして「実存主義的悪意」という三つの異なるタイプの悪意について詳しく論じられています。
悪意(SPITE)について、知っておくことで、自分の行動をよく理解し、適切な行動選択ができるようになると思われましたので、以下、簡単にメモを残しておきます。
この本で言う所の「悪意」とは、他者への害を与える行為、と広く捉えています。場合によっては、正義のためと解釈できるような行動も、悪意として位置づけられています。
支配的悪意 (Dominant Malevolent Intent)
支配的悪意とは、簡単に言うと「他者を支配するための悪意」です。他者を支配し、制御することを目的とした言動です。
個人や集団が他者に対して力を振るい、優位性を確立するために悪意を行使するのです。支配的悪意の典型的な例としては、権力者や支配層が他の人々を搾取したり、支配したりする行為が挙げられます。権力者ではなくても、その野心を内に秘め、他者を無力化し、自己の利益を最大化する行為も同様です。
支配的悪意を持つ人は、他者の権利や自由を無視し、自己中心的な目的を達成するために暴力や圧制を用いることがあるとされています。いじめ、パワハラ、政治的な陰謀などはその例でしょう。
一方、この存在は進化の観点から、資源の限られた環境において、生存と繁殖のために有利な戦略であったと考えられています。
反支配的悪意 (Anti-Dominant Malevolent Intent)
反支配的悪意は、支配的悪意に対する反発として現れる悪意です。これは、支配を受ける側がその不正義や抑圧に対抗するために行使する悪意です。つまり、相手が不公平な行動をとると、自分が損をしてまでも相手に害を与えようとするという行為です。
自分を犠牲にしても他の人々のために罰(コストのかかる第三者罰)を与える存在であり、善人を引きずりおろすこともあります。ある意味で、社会のバランスを促進する一助となっているとも言えましょう。
このような不平等やヒエラルキーに抗うものは「ホモ・レシプロカンス(互恵人)」と呼ばれます。
反支配的悪意は、支配者に対する反抗や抵抗の形として現れ、しばしば暴力や破壊的な行動を伴います。特に、神聖なる価値と合わさることで、より強力になる傾向があります。
反支配的悪意は、支配の構造を打破しようとする試みともなり、政治体制の破壊、しばしば過剰な暴力や破壊的な行動につながりやすいという特徴があります。
実存主義的悪意 (Existential Malevolent Intent)
実存主義的悪意は、個人や集団がその存在自体に対して疑念や不安を抱くことから生じる悪意です。
言い換えると、理性に逆らってでも自由でありたいと願う、そんな特性のことでもあります。
このタイプの悪意は、自己のアイデンティティが脅かされていると感じる状況で現れることが多いとされます。実存主義的悪意は、しばしば人間の深層にある不安や孤独感、絶望感から発生し、他者や社会に対して無差別な攻撃的行動を引き起こすことがあります。
特権階級が支配を維持するための手段に理性が利用されます。そのような支配に反抗する反応としても利用される悪意です。実現できそうもない目標(ストレッチ目標)が示された時に、反発して逆にモチベーションが高まること等もその一例です。
神聖な価値
これも大切な概念でした。
人は、神聖な価値が冒涜されたと感じると、理性的に考えなくなるというのです。また、特に男性の脳は社会的に疎外されたと感じると、神聖ではないものに対しても神聖な価値に似た反応をすることがわかっています。
どのような状況や関係性の中で、様々なテロが発生したのか等の研究も多く紹介されています。
第二次世界大戦における日本軍の特攻隊もあげられており、印象的でした。
また、この書籍では「最後通牒ゲーム」「独裁者ゲーム」などについても詳しく述べています。
最後通牒ゲームについても、書いておきましょう。
最後通牒ゲームとは
最後通牒ゲームは、経済学や心理学の実験でよく用いられるゲームの一つです。2人のプレイヤーが、ある金額をどのように分けるかを決定するゲームです。
ゲームのルールはシンプルです。
金額の提示: 一人のプレイヤー(提案者)が、もう一方のプレイヤー(応答者)との間で分ける金額を提示します。
受け入れか拒否: 応答者は、提案された金額を受け入れるか拒否するかを決定します。
結果:
応答者が受け入れた場合: 提案された割合で金額が分割されます。
応答者が拒否した場合: 両者とも何も得られません。
経済学の視点から見ると、応答者はどんなに少ない金額でも受け入れるのが合理的と考えられます。なぜなら、何も得られないよりはましだからです。実際に、冷静に考える傾向、認知反応レベルが高い人は受け取る傾向が高いとされています。
一方、実際の実験では、応答者は提案が不公平だと感じた場合、しばしば拒否します。これは、かなり高額であってもそのような結果があることが報告されており、人間が単なる経済的な合理性だけでなく、公平性や報復といった感情的な要素も考慮して行動することを示しています。
このゲームからは、人間の行動の複雑さがわかります。経済学のモデルでは説明できない、人間の複雑な心理や行動を理解する上で重要な手がかりとなるのです。 社会における資源配分や交渉といった問題を考える上で、このゲームの知見は役立つのです。
これ以上は書きませんが、次世代のために木を切るのを抑制する、という判断に際して、民主主義が利己主義を克服するという実験は良かったです。
関心がある方は、ぜひ手に取ってみて下さい。
玉井心理研究室が提供する心理支援
玉井心理研究室では,認知行動療法やイメージワークを用いて,トラウマから精神疾患,対人関係など広く心理療法を提供しております。
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