感情

寂しさについて考察する:心理学的視点から

 こんにちは。玉井心理研究室代表で臨床心理学者の玉井です。先日開催した勉強会で「寂しさ」について深い議論が交わされ、多くの興味深い洞察が得られました。また,先に紹介していましたモラロジー道徳教育財団にて開催されたワークショップ「「知るだけでラクになる,心理学教室 寂しさ編」でも参加者の皆さんとこの感情について話しあい,お互いに心を温め合うような時間となりました。

 今回はこの「寂しさ」という感情について,話し合ったことに加え,心理学的な観点からも掘り下げてみたいと思います。

1. 寂しさ:ネガティブではない複雑な感情

 多くの人は寂しさを単純にネガティブな感情として捉えがちかもしれません。しかし,実際はもっと複雑で奥深いものです。寂しさは確かに不快な面もありますが,同時に私たちに重要なメッセージを伝える感情でもあるのです。

 私は,感情は自分の状態や環境を教えてくれる「アラーム」だと考えています。

日本文化における寂しさの美学

 まず,日本におけるこの「寂しさ」という感情の取り扱われ方に触れておきましょう。

 日本文化では,「寂び」や「侘び寂び」という概念があり,寂しさを美意識と結びつける独特の感性があります。これは西洋的な価値観とは異なり,日本独自の文化的特徴と言えるでしょう。例えば,枯山水の庭園や,侘び寂びを感じさせる茶道の道具など,寂しさや簡素さの中に深い美を見出す感性が日本文化には根付いています。

 このような点から見ると,寂しさは単なる否定的な感情ではなく,深い内省や静寂な美を感じ取る感性としても捉えることができるのです。

寂しさと孤独の関係

 また,寂しさは確かに孤独を示す感情ですが,それは必ずしも避けるべきものではありません。むしろ寂しさを感じることで,私たちは人や他の生き物との関係の大切さを再認識することができます。
 つまり,寂しさは私たちに「つながり」の重要性を教えてくれる感情なのです。

2. 寂しさへの向き合い方:社会的視点から

使命感と寂しさの関係

 興味深い例として、勉強会の仲間である自衛官幹部の友人は「寂しさを殆ど感じてこなかった」と言いました。それから連想したことは,自分が守るべきものがあるという強い使命感が,その存在との繋がりを維持し,孤独感を払拭しているのかもということです。この事例は,目的や使命を持つことが寂しさへの対処法の一つになり得ることを示唆しています。

 私たちの日常生活においても,何か大切なものや目標を持つことで,寂しさに対する耐性が高まる可能性があります。これは単に気を紛らわせるということではなく,自分の存在意義を見出すことで,より深いレベルで寂しさと向き合える力を得ることを意味します。
 更には,自分の存在を肯定的に感じられることで,人に対して心をオープンに開いていくこともできるとも言えるでしょう。

若者文化と寂しさの認識

 若い世代の間では,寂しいという感情を持つ人は「陰キャ」などのネガティブな人であるかのように受け止められる傾向もあると聞いたことがあります。しかし,この見方は寂しさの本質を見誤っています。寂しさに耐える力を身につけることは,実は非常に重要なライフスキルなのです。

 それどころか,寂しさを感じるが故に人との関係を大切にする,そしてできるだけ安全に心を開けるような健全な関係を作り上げようとするのだとも言えます。

 現代社会では,常に誰かとつながっていることが「正常」だと考えられがちですが,時には一人でいることを楽しみ,自分自身と向き合う時間を持つことも大切です。寂しさを恐れずに受け入れることができるようになることは,より強い精神と豊かな内面世界を築くことへと繋がっているのです。

3. デジタル時代の寂しさ:表面的なつながりの落とし穴

 社会が急速にデジタル化する中で,SNSでの「いいね」の数など,表面的な交流で寂しさを紛らわせようとする傾向に対して,注意喚起があったように感じています。
 ただ,それについてはもう少し考えてみましょう。

オンラインコミュニケーションの活用と限界

 SNSを通じて多くの人とつながることはできます。しかし,「いいね」の数や,フォロワーの多さは必ずしも真の人間関係の深さを示すものではありません。実際には,宣伝として活用するにはよいのかもしれません。このブログも,どれほどの方が目にしていただけるのか不明ですが,そのような機会をご縁として活用し,実際に心理相談のお申込みを頂く例もあり,よいきっかけとして利用できるものではありますね。
 一方,このような表面的なつながりに依存することで,ふとしたきっかけでより深い孤独感に陥ってしまうこともあります。
 ただ,それらも理解しながら活用できる面もあるかもしれません。ある人は「友達がいないから,ネットを見ていろんな人の声を聴いていると,気が休まる」という人もいました。寂しさを自覚して,う上手く耐える工夫をしているように感じました。

 SNSを利用した相談活動も,近年は増えてきました。まさにSNSを利用した自殺対策支援には,玉井も関わっております。安全かつ丁寧に心を開いていく取組を進める中で,心と心が出会えることがあるようにも感じています。
 ただ,そこでは一対一の安全な関係で深めていくものであり,不特定多数の人との関係の中で共有する情報とは,少し違うものかもしれませんね。

 一概にオンラインと言っても,その使い方や枠組みを十分に検討されれば,有効に使える場合もあれば,害になる場合もあるようですね。

真の人間関係の重要性

 寂しさから真に自由になるためには,心を開き合える深い関係性を築くことが不可欠です。これは必ずしも多くの人間関係を持つことを意味しません。少数でも,互いに理解し合い,支え合える関係性を持つことが重要なのです。
 場合によっては,密な関係ではなく,距離がある関係でこそ安全に心を開ける,ということもあるでしょう。

 人を全面的に信じ,いつも心を開ける,ということはなかなか難しいことです。実際に,様々な宗教的訓練においても,師に対する敬信を深めることの大切さは繰り返し触れられていることですね。

4. 寂しさの二面性:大人の寂しさと無限の寂しさ

 私の著書『7つの感情』(モラロジー道徳教育財団出版)では、寂しさを「大人の寂しさ」と「無限の寂しさ」の2つに分けて説明しています。

無限の寂しさ

「無限の寂しさ」は,底なしの孤独感を指します。これは時に圧倒的で,人を深い絶望に陥れることもある感情です。幼少期の経験や,重要な他者との関係性の中で形成されることもあります。
 適切に,寂しさと付き合いつつ,それから回復するという体験を重ねてこられなかった,という言い方もできるでしょう。
 また,強すぎる感情体験により,心を開けなくなることで生じる例もありますね。

大人の寂しさ

 一方,「大人の寂しさ」は,ある程度コントロールできる,成熟した寂しさを指します。これは完全に寂しさがなくなるわけではありませんが,その感情と共存し,時にははにはそれを創造的なエネルギーに変換することができる状態です。
 上述の,日本における侘び寂びも,その一つの形とも言えるでしょう。

寂しさの変容プロセス

 重要なのは,「無限の寂しさ」を少しずつ埋めていくことで,耐えられる「大人の寂しさ」へと変化させていくプロセスです。これは決して容易ではありませんが,自己理解を深め,他者との真の繋がりを作っていく中で進められることもあるのです。

このプロセスには、以下のようなステップが考えられますね

  1. 自己認識:自分の感情を正直に見つめ、寂しさの根源を探る
  2. 自己受容:寂しさを含む自分のすべてを受け入れ,誰もが寂しさを感じるものであることを認識する
  3. 他者との繋がり:真摯な関係性を築く努力をする
  4. 意味の創造:寂しさを創造的なエネルギーに変換する方法を見つける

5. 死別と寂しさ

 更に,勉強会では身近な人との死別についても話し合いました。死別体験は、深い寂しさをもたらします。しかし、この場面での対応には慎重さが必要だということについて,議論になりました。

「死なないで」の言葉の影響

 死期が近い人に,死なれることを悲しむ人が「死なないで」と声をかけることは、自分の寂しさや不安を死に向かう相手に覆いかぶせてしまうことになりかねません。これは、死にゆく人が残していく人に対して,「ごめんなさい」というメッセージを発するような状態を促してしまい,相手の穏やかな旅立ちを妨げる可能性があります。

感謝と受容の言葉

 代わりに,十分にお互いに別れを惜しんだ後には,「ありがとう」「あなたと一緒に生きられて幸せでした」といった言葉を伝えることが,相手の安らかな旅立ちを助けるのではないでしょうか。これは,相手への愛情と尊重を示すと同時に,自分自身も死別を受け入れる準備をする助けになります。

死後の繋がり

 興味深いことに、愛する人を失った後、時間の経過とともに、その人が自分の中に生き続けているような感覚を持つ人も多くいます。これは寂しさが変容し、新たな形での「つながり」に変わる可能性を示唆しています。

 心理学的にこれは「継続する絆」と呼ばれる概念で説明されます。亡くなった人との関係性が,形を変えて続いていくという考え方です。この視点は,グリーフケア(悲嘆ケア)の分野でも重要視されています。
 1999年に世界保健機関(WHO)は,健康の定義について「身体(physical)」「精神(mental)」「社会(social)」そして「スピリチュアル(spiritual)」の4つの領域があることを提案しました。

 他者,他の生き物との繋がりは,様々な領域での繋がりがあるのか,考えてみることは有益な気がしますね。人には,まだまだ深く,知らない領域がありそうですね。

 

知るだけでラクになる 心理学教室

 さて,話は少し変わり,今週のワークショップのお知らせです。
「知るだけでラクになる,心理学教室」寂しさ編は,無事に終了しました。
 そして,次回は2週間後に開催となります。

 7月3日水曜日 13時半
 「罪悪感」という感情をテーマに,皆さんと一緒に過ごせる時間を楽しみにしています。
 毎回,この時間で扱うものはネガティブな感情ですから,楽しみというのもなんですが,帰っていかれる方は少し笑顔が増えている気もしています。

 詳しくは,モラロジー道徳教育財団の問い合わせ先にご確認下さい。
 (先に行われた講演の資料ですが,参考になると思います https://www.moralogy.jp/r0603sinri/

玉井心理研究室が提供する心理支援

 玉井心理研究室では,認知行動療法イメージワークを用いて,トラウマから精神疾患,対人関係など広く心理療法を提供しております
 また,個人のみならず,組織における人事・メンタルヘルスコンサルタントとしてもお手伝いをしております。

 コロナ後に拡がったオンラインによる相談ですが,今後も継続する予定です。