クライエントから見た心理療法家
「精神療法で私は変わった」は,増井武士先生の著書です。
増井先生は,九州を中心に活躍された精神療法家であり,大学の先生でもあった方です。故・河合隼雄先生と共に日本心理臨床学会で理事も務めておられました。
この本のユニークさは,その視座にあります。一般的に心理療法関係の本はしばしば心理士からの視点でクライエントとのやり取りが描かれるのですが,この本では,クライエントがどのように感じているのかという視点から描かれています。
クライエントとは,相談に来る来談者,つまり困ったことを抱えている方のことです。
悩みを深め,生きていることがつらいというクライエントが,精神医療にも希望を持てず,精神療法との出会いで,少しずつ心の余裕を取り戻していきます。
心の中の隙間を増やす
増井先生は,有名な治療者でもある神田橋條治先生からの影響を強く受けていると言います。そして,この本は,増井先生が自分が長年にわたり取り組んできたことを,一般の人や支援の席に座る人たちにわかりやすく伝え,知っておいてほしい,という思いで書かれたもののようです。
本の中でのクライエントの変化は,とてもすっきりとスムーズに進みます。神田橋先生は,そうなるためにそれまでいかに沢山の苦労や失敗から学ばれ,著者である増井氏の意識及び無意識の世界にそれらが豊かに蓄積されてきた成果であることに思いをはせています。
クライエントが抱える問題を,少し自分から切り離し,距離を置く。その上でそれらとどのように付き合っていければ良いのかを考えていく,その様な丁寧なステップと,それがどのような効果として感じられるのか,丁寧にわかりやすく書かれています。
体感を大切に
心理療法が進むのには,理屈ではなく実感が大切です。そして,本の主人公は,まさにその実感,体感がどの様であったのか,つまり自分の心の声に耳を澄ませていきます。
そして,次第に自分の心が求めているものをちゃんと取り戻していくのです。
分かってくれる人の存在
そして,もう一つ大切なことは,自分の取組を見守ってくれる人です。
かつて玉井が提出したイメージの研究論文でも,同様のことを指摘しています。自分の心の声を聴くために,現実的な伴走してくれる他者の存在を適切に感じられることはとても大切です。
心理療法では時に,その他者(心理士やカウンセラー)の存在を感じ,安心してそのフィードバックを受け,改めて自分の中で租借することが進むことで,自分の心の世界の探求が進むのです。
心の世界の探求は,不思議なことに自分一人でやるよりも,安全な他者に伴走されることで,より充実したものに辿り着くのだと思います。
もちろん,その他者が目の前にいる人ではなく,結果として外から見るとひとりでやっているように見える,という例もあるでしょうね。
増井先生の「精神療法で私は変わった」,これもまたとても分かりやすく,温かくなる本ですね。
コロナ対策を行っている心理相談室 玉井心理研究室
玉井心理研究室では,認知行動療法やイメージワークを用いて,トラウマから精神疾患,対人関係など広く心理療法を提供しております。
また,個人のみならず,組織における人事・メンタルヘルスコンサルタントとしてもお手伝いをしております。