大切にしたいものを壊さないために
前2回に渡り,Aさん(現在40代 女性)の取組みを紹介してきました。今回も,引続きAさんの事例を通して,特に怒りがどこに向かっていったのかを確認してみましょう。
Aさんの場合,過去の親との関係が整理されていないことで,体の中にしまい込まれている“怒り”が日常にあふれ出ていることで,苦しい状況に陥っているのは明らかでした。とうに成人し,仕事をして,親元を離れていたにもかかわらず,過去にされた今でも許し難いことから“怒り”が生まれていました。返事が遅いと平手が飛んできたり,「どこか行け」と言われたり,思い出してもおぞましいことを多く経験してきました。もちろん,そのつながりを最初の頃は全く確認できませんでした。
Aさんが自分の怒りを特定の人に出した,今は分かれた夫に対してでした。“怒り”という感情が出ると,その怒りを受け止めることの出来なかったAさんは,怒りに突き動かされて夫を攻撃したと言います。“怒り”という感情自体がもつエネルギーに振り回されていました。
本当にちょっとしたことでも,それが別に夫が原因ではなかったとしても,怒りが夫に向くことは日常でした。年の離れた夫は,何とかAさんを理解し,受け止めようとしてくれたのですが,自分があまりにも理不尽でとても無理だったと思う,というAさん。理不尽なことを求めたし,それでもその当時はそれが正当だと感じていたとのこと。当時のAさんは,怒りを受け止められるということすら理解できず,怒りのエネルギーを発散させ,疲弊という名の落ち着きを何とか支えにしていただけなのだ,と後になってから理解しています。子育てにも苦労したと言います。それもあって,結局,子供も夫も失うことになってしまった。Aさん自身,“怒り”が子供に向くことを恐れていたし,時にそのようになることを制御できそうにない体験をしていたので,ほっとした部分はあったとのことです。
別れることになった当時は,夫とは別れたくなかったけれども,好きだったというよりも必要としていた。子どものことは大切だったけど,大切に感じられなくなってしまう自分もいたから危険だったし,別れることでホッとしたけどこれからどうすればよいのかただただ不安だった,というAさん。
家族は,会社や外の人間関係と比べて,感情を共有することが多い,濃い人間関係です。感情を出してもよい場所が家庭,そのように感じる人も多いでしょう。だからこそ,感情は家族に向きやすいのです。感情という球を相手に投げて,受け取ってもらえることで,安心できて感情の調整が進むと良いのです。深いところでは,「分かって欲しいから」投げるボールなのですが,「分かれ」と剛速球を投げ込まれる方はたまりませんし,一切受け止めずに「言っていることはわからないし聞きたくない」と完全に打ち返すことも関係を損ないますね。
また,抱えている感情が大きいということは,投げる球が相手の状況に関係なく剛速球だということ。時に,わざと相手がミットを構えられないタイミングを狙って球を投げ込むという,嫌がらせもありました。そこまで来ると,「分かって」じゃなく,「私が苦しんでいる,だからあなたも苦しめ」。明らかに八つ当たり。でも,本当のその裏には,「この苦しみを分かってくれるだろうか。受け止めてくれるということは,人にわかってもらうこと,自分が何とか回復できるのではないか」という希望を持っているのです。
だからこそ,感情の調整が極端に下手な場合には,家族も周りの人も大変に苦労をします。かといって,家族の間で感情の球を投げないようにしよう,とすると会話が成立しませんし,感情の球の投げ方の練習もできないし,それをキャッチするための心の筋肉がつかない。
『草枕』の有名な書き出し,「智に働けば角が立つ。 情に棹せば流される。 意地を通せば窮屈だ。 兎角にこの世は住みにくい。」が思い起こされるところです。
理屈ではうまくいかない,かといって感情に偏ってもだめ,頑固に自己主張したら結果として苦しくなる,そんな中でのバランスを探すのですから,ちょっと手間暇をかけた取り組みが必要となるのです。
認知行動療法も役に立ったと言います。
怒りは,本当は自分を受け止めてほしい家族に向いてしまいます。うまく甘えられずに,攻撃という形をとってしまいます。
まるで,家族にチキンレースを強要しているかのように。
Aさんは,家族と別れ,怒りで埋め尽くされた怒りから,少し離れられました。その後,縁があってカウンセリングをしっかりと続けることを通して,怒りに突き動かされる行動への対処能力は,向上していきました。
続きます…。
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