インナーチャイルド

インナーチャイルドを日本の身体論から考える

コスモス

木村敏先生の理論との出会い

 精神科医で,先日お亡くなりになられた京都大学名誉教授の木村敏先生は,人を理解するために,人の中で流れる時間という,人と共有する時間とは異なるものをとらえ,それを祝祭論という形で提唱しておられました。

 そして,このところ,ある研究法の勉強で,身体論と哲学,そして木村先生の理論などを土台に,インナーチャイルドについて検討する機会がありました。

 その中での検討の過程ではありますが,少し共有させていただきたいと思います。

 以下の文中であげられている文献は以下のものであり,文中では書籍番号とその頁数を()内に示してあります。

『人と人との間』(木村敏)
『自己・あいだ・時間』(木村敏)
『身の現象学』(市川浩『身体論集成』より)
『身体論』(湯浅泰雄)
『身体の時間』(野間俊一,2012,筑摩選書):木村先生のお弟子さんです

さて,以下はその中で作成しているものです。今後,この内容も更に検証を加えられ,修正される部分も含まれると思います。

自己との出会い

 「自分はどのような人か」と問うとき,しばしば過去の自分の在り方を参照にするであろう。人は,生まれた直後は過去も持たず自他の差異を認識せず,社会や他者と同一化している。そして次第に成長と共に,自我が芽生え,自分という意識を持つようになっていく。この自分という意識は,社会や他者との関係の中で,それらとの差異を自覚することを土台としたものとして自然に形成されていく(③)。心理療法を進める中では,しばしば“自分を見つめる”(自分の気持ちや欲求,状態を探る)という手続きが含まれるが,そのような自分を意識してのぞき込むような取り組みは通常の生活を維持するうえでは必ずしも必須とはされていない。人が日常の中で行うその様な振り返りは,しばしば何か不快な状況に陥った際に「自分はどうすればよかったのか」と過去を参照する形で,または「次はどうするか」という未来に向かって行われる。そして,そのような場面で出会う内なる自分,ここではそれを自己と呼ぶが,それはしばしば否定的な側面として見えるが故に,不快さを抱くことになる。人の中には,社会や他者との関係の中で,自分の中に社会一般として認識する「人は…」といった認識が自然に形成されている。そして,改めて自分の内を見つめたときに,そこで見出した自己と,自分が考えていた自分という存在のギャップを感じるのである。それは自己でありありながら「自己ならざるもの」(①14)との出会いでもあり,その時出会う自分のことをどのように感じるかは多様なものとなろう。そこで出会う一つの形として,インナーチャイルドがあげられるのだが,それは後に触れる。

 そのような体験には文化差があり,日本人にとっては“他者志向的罪責体験”となり,例としてドイツ人の場合には“自己志向的罪責体験”(①57)となるのであろう。日本では「周りの人の迷惑を考えなさい」と子どもに問いかけ,西欧では「あなたが本当に自分で何をしたいのか考えなさい」と問いかけることによって生じるものとも考えられる。自分のことを振り返るとき,よって立つ場がそれまでの経験の中で形成されてきているのである。そのような主体のよって立つ場は,投企傾向の方向性を定める。日本人には,自分の存在を確認するために,他者やその間の“空間”,つまり“場”がその出発点となるのである。更にその確認は,意識的な言語化という作業というよりも,体験して感じる,腑に落ちるといった体験となることが多いのである。

 このように他者の視点に立って自分を見る傾向が強く,かつ感覚的にものを判断する傾向を持つ日本人は,他者と自己の違いもあり,観察された対象となる自己に対して違和感を抱き,否定的な感覚に対して対処する方法を持ちにくかったとも考えられる。言いかえると,投企する出発点となる場自体も絶えず変化し続け,確固としたものとなりにくく,混乱を生じやすいことも,自己に対する違和感を増大させる。それ故に,よく言えば柔軟,悪く言えばその場の空気で変わる(山本七平),という日本人の特質が生じやすくなると考えらえる。市川(③)がフッサールの現象学,ベルクソンの<意識に直接与えられたもの>,ジェームスの<根本経験>,西田の<純粋経験>などを取り上げ,「直接的認識の方法は,もっとも複雑に媒介されたものから出発するという逆説」(③131)と述べたのは,観察されたものではなく,観察するその主体自体の違いということでもあろう。人が成長して様々に環境の影響を受けてきている投企する主体から観察は始まり,そして投企される対象は自己の内側に向くのであるが,その主体と対象の関係がどのように受け止められていくのか,ということを指摘していると言えよう。そのような受け止め,言い換えると,他者の視点を持つ共同体意識と自己意識の間の調整は,ときに難しく人を葛藤に陥らせた可能性がある。海外では,自我を強めることを目指してその葛藤を超えようとしたが,日本では身体的な型を含む実践や芸道などで見られるように,自我を没却することでそれを克服しようとしたとも考えられる。

インナーチャイルドとの出会いとその関係性

 以上のような論述は,インナーチャイルドを観察する主体と,観察されるインナーチャイルドという関係へと展開する土台となる。内なる自己との出会い,インナーチャイルドとの出会いはその初期はインナーチャイルドをノエマ的対象と位置づけ,観察されるという役割を持つ(②46)と考えられる。次第にそのインナーチャイルド自体を自律的に感じるようになり,インナーチャイルドをノエシス的存在と感じていく,つまりそれ自体を手放したり所有したりと選んだり役割を分担する対象ではなく,自己がそれと一体であるという気づきに至ると考えられる。それはインナーチャイルドへの介入により促進されていく。このような視点は,湯浅④が指摘する客観性に留まらない姿勢,主観/客観,意識/無意識をより全体的なものとして感じていこうとする姿勢とも繋がっていると思われる。
一方,このことは,観察する主体と観察されるインナーチャイルドの不一致が大きく感じられる状態が残っているほどに,違和感は大きくなり,場合によっては恐怖にすらなると考えられる。それ故に,インナーチャイルドというイメージ対象は,それを見つめるという取り組み,そしてインナーチャイルドへの介入において,その主体に直接的で強烈な影響を及ぼすと言えよう。

病的類型とインナーチャイルドとの関わりにおける特徴・アプローチの違い

 ここまで,自己を観察する主体と観察される対象,そこには空間も含まれていることを述べてきた。更に木村敏(敬称略)は,時間という軸を持込,観察される対象であるインナーチャイルドについての考察に役立つ視点を提供している。ここでとりあげられる時間とは,実際の過去・現在・未来という時間意識とは異なり,自己が自己として成立する基盤として,どのような時間体制にあるかということがポイントである(➄146)。

 人の発達は,様々な感覚や能力の獲得の歴史とも言えよう。木村は,ポスト・フェストゥム的自己であることが多いうつ病者は自己がいかなるものであってきたのかを回顧し続けて不安に慄いている,つまり完了性の中にいるとした。アンテ・フェストゥム的時間性を持つ分裂病者(統合失調症)の場合には,自己の不成立が問題とされ,来るべき決定を不安と戦慄のうちに待っている未知性の中にいると指摘した(②135)。極端な言い方をすると,うつ病者は過去を持ちそれを悔やみ続け,統合失調症者は今この瞬間に必死になっているということになる。

 共同体が共有する外的な時間(実際の時間)と内的な時間の中に自分を見出だすポスト・フェストゥム的な人と,内的な時間のみに住むアンテ・フェストゥム的な人の間では,時間に対する意識は異なる(③158)。人生を終わらない綱渡りと感じてしまうアンテ・フェストゥム的な人は,過去の自分と出会ったとしても,それを今の自分と繋がっている存在として感じていく能力が少ない。つまり,アンテ・フェストゥム的な人に取り,インナーチャイルドは違和感に溢れる対象となる。「以前あなたは…だったよね」ということは,現在の自分と繋がりが少ないのである。それ故に,過去を参照に「今までの経験からは次は…になるかな」などといった視点を持ちにくくなっている。アンテ・フェストゥム的な人にとって現在の自分とインナーチャイルドの間に繋がりを見出して行く作業は,外的時間の流れを把握させる体験させていく可能性がある。

 ポスト・フェストゥム的な人にとってのインナーチャイルドは,繋がりは感じるものの今現在の自己否定感の原因として感じられるかもしれない。そのような人にとって,インナーチャイルドをケアするような過去において未完了になっている体験を完了させるための取り組みは,一時的な退避のようにはみえるが有益な実感を伴うであろう。

 アンテ・フェストゥムとポスト・フェストゥムでは,行動は同じでもその内的状態は異なる。綱渡りを続けているアンテ・フェストゥムの人には,それまでちゃんと進んでこれたことやちゃんと先には終わりがあることを教える必要があるし,ポスト・フェストゥムの人には過去の失敗から具体的に課題を見出して練習することが役立つかもしれない。また,木村による祝祭論はイントラ・フェストゥム(祭りのさなか:てんかん・躁)やコントラ・フェストゥム(祭りのかなた:解離症)➄といった,時間軸よりも空間的な濃度やエネルギーに着目した検討も行われている。詳細には入らないが,人はそれぞれの傾向を持つといえる。そして傾向性の偏りにより,インナーチャイルドが有効に機能する手続きが異なる可能性が示唆される。

 今回は以上となります。

 これらの検討はまだまだ過程であり,インナーチャイルドをどのような内的時間軸の中に見出すのか,空間や場の中に見出すのか,そしてそれとどのように関わっていくのか,その際については最後にも書かせていただいているように整理しておきたいところがてんこ盛りです。

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